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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)3682号 判決

原告

塩崎義次

被告

新栄運送株式会社

ほか二名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金八四八万一九一三円及びこれに対する平成二年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一三分し、その七を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは連帯して原告に対し、金一八三四万円及びこれに対する平成二年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(内金請求)。

第二事案の概要

本件は、被告美馬が被告新栄運送株式会社(以下「被告会社」という。)の保有する大型貨物自動車(以下「美馬車」という。)を運転して走行中、被告杉江が普通乗用自動車(以下「杉江車」という。)を運転して路外から美馬車の進路前方に進出してきたため、被告美馬が杉江車との衝突を避けようとして、美馬車のハンドルを右に切つてセンターラインを越えたため、対向してきた原告が運転する普通貨物自動車(以下「原告車」という。)と正面衝突し、原告が負傷した事故について、原告が、被告美馬に対して民法七〇九条に基づき、被告会社に対して民法七一五条、自賠法三条に基づき、被告杉江に対して民法七〇九条、自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償を請求したものである。

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

日時 平成二年九月一八日午後一一時四〇分ころ

場所 滋賀県草津市野路町一三六三番地先国道一号線

態様 被告美馬が美馬車を運転して走行中、被告杉江が杉江車を運転して路外から美馬車の進路前方に進出してきたため、被告美馬が杉江車との衝突を避けようとして、美馬車のハンドルを右に切つてセンターラインを越えたため、対向してきた原告が運転する原告車と正面衝突した。

2  被告杉江の責任

被告杉江は、自賠法三条に基づき、本件事故に関して原告に生じた損害を賠償する責任がある(以上につき、甲一、乙二、三の1ないし3、四ないし一九、原告、被告美馬各本人。原告と被告会社、同美馬との間で争いがない。)

3  美馬車の保有関係等

被告会社は、美馬車を保有し、被告美馬は、本件事故当時、被告会社の従業員であつた(原告と被告会社、同美馬との間で争いがない。)。

4  損害の填補

原告は、本件事故に関して、一二六一万三一五四円の支払を受けた(弁論の全趣旨。原告と被告会社、同美馬との間で争いがない。)。

二  争点

1  被告美馬の民法七〇九条における過失の有無、被告会社の民法七一五条に基づく責任の有無、自賠法三条但書に基づく免責の可否(原告は、本件事故発生について、被告美馬に前方注視義務違反と制限速度違反の過失があると主張する。これに対して、被告会社、同美馬は、被告杉江が酒を飲み、杉江車のアクセルとブレーキを踏み間違えて、突然道路上に飛び出したために本件事故が発生したもので、被告美馬が杉江車の飛び出しを予期して徐行する義務はなく、美馬車のハンドルを右に切つたのもやむを得ない措置であつたとして、被告美馬の無過失を主張するとともに、被告会社の民法七一五条に基づく責任を否定し、自賠法三条但書に基づく免責を主張する。)

2  原告の損害額(入院雑費、付添看護費、通院交通費、休業損害、逸失利益、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、弁護士費用)(原告は、本件事故の翌日から平成四年八月一七日までの休業損害と、二〇パーセントの労働能力を二四年間にわたつて喪失したことを前提とする逸失利益を主張する。これに対して、被告会社、同美馬は、右休業期間を争うとともに、右労働能力喪失率と喪失期間を争う。)

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一、二、三の1ないし3、乙二、三の1ないし3、四ないし一九、検乙一ないし三、原告、被告美馬各本人)によれば、以下の事実が認められ、被告美馬本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は採用できない。

1  本件事故状況

(一) 本件事故現場は、南北に伸びるセンターラインのある市街地の道路(国道一号線)であり、本件道路の両側には歩道が設置されている。本件事故現場付近における南行車線の車道幅員は四メートル(センターラインから車道外側線までの幅員三・四メートルと、車道外側線から歩道縁石の西端までの幅員〇・六メートルとを合わせたもの)であり、その東側にある歩道の幅員は二・九メートルである。また、右歩道の東沿いは駐車場となつており、別紙図面の「ジープ」の位置に、本件事故当時、ジープが駐車していた。さらに、本件事故現場付近の制限速度は、時速五〇キロメートルであり、本件事故現場付近における本件道路付近の見通しは良好である。

(二) 本件事故当時、被告美馬は、美馬車(車体の長さ一一・四メートル、幅二・四九メートル、高さ三・四メートル、車両重量一〇・八トン、最大積載量九トン)にコンクリートパイル約一〇トンを積載し、時速約六〇キロメートルの速度で本件事故現場の手前約一三・五メートルの別紙図面〈ア〉’地点(以下、別紙図面上の位置は、同図面記載の記号のみで表示する。)に差しかかつた。その際、被告美馬は、駐車場から本件事故現場に向かつて進行している杉江車を進路左前方約一四・八メートルの〈1〉’地点に認め、急ブレーキをかけるとともに、右にハンドルを切つたが間に合わず、〈×〉1地点で美馬車の左前部が杉江車の右前側面と衝突した。右衝突後、美馬車は、対向車線に進入し、〈×〉2地点(〈×〉1地点から約二〇・一メートル離れた地点)で対向してきた原告車と正面衝突した。

(三) 本件事故当時、被告杉江は、杉江車を運転して、本件道路東側沿いの駐車場から発進し、本件道路に進入しようとして本件事故現場の手前約九・九メートルの〈1〉地点を通過し、時速五、六キロメートルの速度で〈2〉地点(〈1〉地点から約六・五メートル先の地点)まで進行したところで、右側約一三メートルの〈ア〉地点に美馬車が進行してきているのに気付いたが、ブレーキペダルを軽く踏んでいただけであつたため、一時停止することなく〈×〉1地点(〈2〉地点から約三・四メートル先の地点)まで進行したところで、美馬車と衝突した。右衝突後、杉江車は、ほぼ半回転して〈×〉1地点から約六・四メートル離れた〈3〉地点に停止した。被告杉江は、本件事故から約三五分後である平成二年九月一九日午前〇時一五分ころ、警察官から呼気中のアルコール濃度検査を受けた結果、呼気一リツトル中に〇・三ミリグラムのアルコールが検出されたが、言語態度は普通で、歩行能力、直立能力も正常であつた。

2  原告の受傷及び治療経過等

原告は、本件事故直後、草津中央病院に搬送され、全治約八週間を要する見込みの右下腿(脛腓骨、関節内)骨折と診断された。そして、原告は、平成二年九月二〇日に市立枚方市民病院に転院し、以後、平成三年三月一八日まで右病院に入院し、右入院中の平成二年九月二八日、右骨折に対して観血的骨接合術を施行され、その後、免荷装具とリハビリによる術後の骨癒合状態と歩行状態の観察を内容とする治療を受けた。そして、原告は、平成四年二月二〇日まで右病院に通院(実日数一四二日)して治療を受けた(右通院中の平成三年一二月一二日から同月一九日の間にも抜釘のため入院した。)。そして、市立枚方市民病院の医師は、原告の傷害が平成四年二月二〇日に症状固定した旨の後遺障害診断書を作成した。右診断書における原告の傷病名は、右下腿骨骨折、右膝顆間隆起骨折であり、右症状固定日と診断された当時、原告には、右膝部の運動制限、歩行時痛があり、階段昇降と和式トイレ等が困難で、歩行も困難であり、右足関節の背屈制限があるとの自覚症状があつた。また、他覚的所見としては、右膝の運動制限(伸展について、自動、他動ともに右マイナス一五度、左〇度、屈曲について、自動が右一一〇度、左一三〇度、他動が右一二〇度、左一四〇度)、右膝の屈曲拘縮と軽度の跛行、右足関節の運動制限(背屈について、自動が右マイナス二〇度、左二〇度、他動が右〇度、左三〇度、底屈について、自動、他動で左右とも六〇度)、右大腿から下腿にかけての筋萎縮(大腿周囲径が右三五・五センチメートル、左四一・五センチメートル、下腿周囲径が右三二・五センチメートル、左三三・五センチメートル)があり、右下腿前面に長さ二五センチメートル、幅三ないし五センチメートルの創瘢痕があつた。そして、右医師は、原告の予後について、粉砕された骨折により形態及び機能障害が残り、これ以上の改善は不可能であるとの所見を示していた。

二  前記一1(本件事故状況)で認定したところによれば、本件事故現場は、市街地の道路であるから、本件道路を走行する車両の運転者としては、道路沿いにある駐車場等から本件道路に向かつて進出してくる車両のあることを予期し、進路前方を十分注視して進行すべき注意義務があると解されるうえ、美馬車は、大型貨物自動車で、本件事故当時、約一〇トンの荷物を積載していたのであるから、ブレーキが効きにくい状態にあつたと解されるので、被告美馬としては、制限速度を遵守することはもちろん、適宜速度を調節して進行すべき注意義務があつたと解される。そして、右認定事実によれば、被告美馬は、〈ア〉’地点で、〈1〉’地点(杉江車の右前部が歩道の縁石付近に達している位置)の杉江車を発見しているが、歩道には二・九メートルの幅があり、本件道路を本件事故現場に向かつて走行してくる美馬車からは、歩道部分を含む進路前方の見通しが良好な場所があつたので、被告美馬は、時速五、六キロメートル(秒速一・三八ないし一・六六メートル)の速度で本件道路に進出しようとしている杉江車を〈1〉’地点に至る以前に発見することは可能であり、したがつて、被告美馬も〈ア〉’地点よりも手前で杉江車を発見することが可能であつたと解される。しかも、前記のとおり、本件事故現場が市街地にある道路であるうえ、美馬車の車種、積荷の積載量、本件事故現場付近の制限速度を考慮すると、本件事故当時、美馬車が適切な速度を越える速度で本件事故現場付近を走行していたというべきである。

そうすると、本件事故発生について、被告杉江に過失があることは明らかであるが、被告美馬についても、前方注視が不十分であつたうえ、不適切な速度で美馬車を進行させ、これによつて杉江車と衝突し、その直後に対向車線に進出して原告車と正面衝突する事故を発生させた点で過失があると解されるので、被告美馬には民法七〇九条に基づく、被告会社には自賠法三条に基づくそれぞれ損害賠償義務があるといわなければならず、被告会社の自賠法三条但書に基づく免責の主張は理由がない(なお、被告会社、同美馬は、被告杉江が飲酒運転をしていたことと、アクセルとブレーキを踏み間違えたことが本件事故発生の主な原因である旨主張するが、前記一1で認定した警察官による呼気中のアルコール濃度検査を受けた際の被告杉江の言語態度、歩行能力、直立能力からすると、右飲酒が被告杉江の運転に具体的な影響を与えていたとは解されず、また、被告杉江がブレーキペダルを十分踏み込んでいなかつたことは認められるものの、アクセルとブレーキの踏み間違えがあつたとは解されない。また、原告は、スリツプ痕の長さから、美馬車が制限速度をはるかに超えた速度で走行していたと主張するが、前記認定の美馬車の車種、積荷の積載量からすると、スリツプ痕の長さから美馬車の速度が制限速度をはるかに超えていたとまで判断するのは相当でない。)。

三  損害

1  入院雑費 二四万五七〇〇円(主張二四万七〇〇〇円)

前記一2(原告の受傷及び治療経過等)で認定した原告の症状、入院期間(一八九日間)からすると、入院雑費は、二四万五七〇〇円(一日当たり一三〇〇円の一八九日分)が相当である。

2  付添看護費(主張八五万五〇〇〇円)

前記一2(原告の受傷及び治療経過等)で認定した原告の入院期間中、原告の親が原告に付添つた(原告本人)が、右入院中に付添看護を要したことを認めるに足りる証拠がないから、付添看護費に関する原告の主張は理由がない。

3  通院交通費 一四万一〇〇円(主張同額)

前記一2(原告の受傷及び治療経過等)で認定した原告の通院期間中、通院交通費として一四万一〇〇円の通院交通費を要した(原告本人。原告と被告会社、同美馬との間に争いがない。)。そうすると、通院交通費に関する原告の主張は理由がある。

4  休業損害 六五〇万五二〇〇円(主張八三五万七〇二四円)

原告は、深江運送株式会社でトラツク運転手として、平成元年二月末まで請負制で働いていたが、同年三月一日から右会社の正社員となつた。原告の平成元年中における右会社からの給与、賞与等の支給額は、四五六万六三三八円(請負制による支給額一〇三万五五〇円、正社員としての支給額三五三万五七八八円。三六五日で割つた一日当たりの金額は一万二五一〇円。円未満切り捨て、以下同じ。)である。原告は、本件事故の翌日である平成二年九月一九日から平成四年八月一七日まで右会社を休業した。原告は、右休業期間中、給与等の支給を受けられなかつた(甲四の1ないし7、原告本人。なお、甲四の3の休業損害証明書には、給与を「全額支給した。」との項目に丸印が記載されているが、右記載は、甲四の2、4ないし6の各記載と比較して、「全額支給しなかつた。」との誤記であると認める。)。

右事実に、前記一2(原告の受傷及び治療経過等)で認定した原告の症状、治療経過からすると、本件事故と相当因果関係のある休業期間は、平成二年九月一九日から前記症状固定日であると解する平成四年二月二〇日までの五二〇日間であると解される。そうすると、休業損害は、六五〇万五二〇〇円(前記一日当たり一万二五一〇円の五二〇日分)となる。

5  逸失利益 九五八万四〇六七円(主張一四一五万五六四七円)

前記一2(原告の受傷及び治療経過等)で認定した症状固定日当時における原告の症状に、原告が平成四年八月一八日から深江運送株式会社に運転手として復職していること(弁論の全趣旨。原告と被告会社、同美馬との間に争いがない。)をも併せ考慮すれば、原告は、症状固定日(四三歳)から六七歳までの二四年間(中間利息の控除として二五年間の新ホフマン係数一五・九四四一から一年間の新ホフマン係数〇・九五二三を控除した一四・九九一八を適用)にわたり一四パーセントの労働能力を喪失した範囲内で本件事故との相当因果関係を肯定すべきである。

そうすると、逸失利益は、九五八万四〇六七円(前記年収四五六万六三三八円に前記労働能力喪失期間と喪失率を適用)となる。

6  入通院慰謝料 一八五万円(主張二六五万円)

前記一2(原告の受傷及び治療経過等)で認定した原告の症状、治療経過、その他一切の事情によれば、入通院慰謝料としては、一八五万円が相当である。

7  後遺障害慰謝料 二〇〇万円(主張二六〇万円)

前記一2(原告の受傷及び治療経過等)で認定した症状固定日当時における原告の症状に、前記三5(逸失利益)における判示内容、その他一切の事情によれば、後遺障害慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。

8  弁護士費用 七七万円(主張一六七万円)

原告の請求額、前記認容額、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用としては、七七万円が相当である。

四  以上によれば、原告の被告らに対する請求は、八四八万一九一三円(前記三の1、3ないし8の損害合計額二一〇九万五〇六七円から前記損害填補額一二六一万三一五四円を控除したもの)とこれに対する本件交通事故発生の日である平成二年九月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 安原清蔵)

別紙 交通事故現場図

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